nekoatamaの週誌

一週間を振り返る

教学相長ず・・

私は、漢字検定は15年前の平成9年に、
二級からではなく、上の級にはない書き順問題などもあるので、基礎からやろうと、四級あたりから受験し始めた。
楽しい勉強であったが、平成11年に準1級に合格した後は、東京から大阪に再度引っ越し、京都で講習会を受けたり、
年一度の「日本語教育研究所報」へのエッセイなどは書いてきたが、他の勉強の差しさわりになるので、一級の受験は断念している。

京都植物園での漢字探検隊を知った時には
ちょっと驚いたが、私も今大阪府花の文化園のボランティアとして、開花案内を掲示するボランティアをしている。
花の名前はカタカナで、学名も必須だが、さしさわりがない場合は、漢字表記をカッコ内に入れて示すことにしている。
中国でのその漢字のさすものと日本でのものが違う場合はそれに注意を促す、などのことを気をつけている。

ここに二冊の本があります。
一冊は奈良県立万葉文化館の館長も務められる中西進さんの「ひらがなで読めばわかる日本語のふしぎ」(2003小学館刊)
もう一冊は新潮日本語漢字辞典を作った小駒勝美さんの「漢字は日本語である」(2008新潮新書) 

かたや
「漢字は中国からの借り物。漢字で日本語を表現すると、日本人古来の考えからずれてしまう」という。
漢字を取り払って、物事の本質をとらえてそれを言語化するときの認識をみるということ、
日本語は、漢字によって飛躍的に進化した。しかし、その功とともに罪の部分も認めなければならない、
漢字が日本語の持つ働きの意味を奪っている面もあること
漢字でさまざまに書き分ける内容を包容する力のある日本語の沃野を失わないこと・・・を説く。


かたや
「現在の日本の漢字は、アレンジとソフィスケートが得意で豊かに育まれた世界に誇れる日本の文化である」という。
初見でも容易にイメージがわいてくる日本の漢字の素晴らしい特長、
訓読という発明によって漢字一字一字の意味が明確にわかるという特長を生かして、自由自在に大量の新しい熟語を作りだしてきた。
中心的な意味を表す漢字と、漢字を補完してつながりを示す仮名。両者のコラボレーションは、お互いを活かしきる、実に見事なアイデア・・・・
日本で使われている漢字は、ながい歳月を経て、様々な日本式改良を施された、わが国独自のものである。
漢字は日本人の創意工夫によって日本語にふさわしいものに生まれ変わり、日本人に愛される奥深いものになった・・・
という。

なるほど・・
前者においても、実は雷という漢字を字解していたりする。雨の下に田が三つあり、それは卍であると。
前者は、よく、「同音異義」というが
そもそも日本のある語彙が同音であることが何を意味するか・・ということを教えてくれる内容。

後者であるが、
中国で「町」という自治体がないので、「田のあぜ」という意味しかない、といったことも教えてくれる。
漢字の基本要素はおよそ八百でその組み合わせからなる。そのため、「私のような記憶力の弱いものでも漢字を覚えてこられた」・・というのはよいですね。

2013年は私にはちょうど60歳になるとしなので、、
今回の漢字学の講座は、、今一度日本における漢字の全体を見通し、白川静さんの業績や万葉集研究を勉強し直す機会とできるように、楽しみにしている。
教学相長ず・・