nekoatamaの週誌

一週間を振り返る

国語の漢字による表記について

和訓の発明という「一種の放れ業」
小林秀雄MLホームページ: http://www.freeml.com/kobayashihideo

漢字の伝来という歴史的事実は誰もが知っていて、日本の文明が中国の文明の模倣
から始ったといわれるが、いかにして上代の人が漢字で日本語を表現しようとしたのか、
模倣の中身を誰も想いうかべようとはしない。

《これを想い描くという事が、宣長にとっては、「古事記伝」を書くというその事であった。
彼は、上代人のこの言語経験が、上代文化の本質を成し、その最も豊かな鮮明な産
物が「古事記」であると見ていた。その複雑な「文体(かきざま)」を分析して、その「訓
法(よみざま)」を判定する仕事は、上代人の努力の内部に入込む道を行って、上代
文化に直かに推参するという事に他ならない、そう考えられていた。》
(『本居宣長』(二十九)新潮文庫、上p.369)

《和訓の発明とは、はっきりと一字一語を表わす漢字が、形として視覚に訴えて来る
著しい性質を、素早く捕えて、これに同じ意味合を表わす日本語を連結する事だった。
これが為に漢字は、わが国に渡来して、文字としてのその本来の性格を変えて了った。
漢字の形は保存しながら、実質的には、日本文字と化したのである。この事は先ず、
語の実質を成している体言と用言の語幹との上に行われ、やがて語の文法的構造の
表記を、漢字の表音性の利用で補う、そういう道を行く事になる。》(同上、p.370)

坂下賢司

本居宣長〈上〉 (新潮文庫)

本居宣長〈上〉 (新潮文庫)